アップサイクルは楽しい 金継ぎで土鍋の欠けを修理してみる

黒と金のコントラストに感激

器の扱いがどうも丁寧ではないらしい。

割らないように、欠けないように扱っているつもりだが、あっと思ったときにはすでに遅い。だいたいにおいて、大切にしている器ほど手からすべり落ちる。

この法則は人生にも当てはまり、楽しい嬉しい時間を過ごしているときにかぎって、奈落の底に落ちるようなできごとが突然やってくる。このことについての考察は今はしないけれど。

さて、このたびは土鍋のふちの欠けを金継ぎで直してみました。1ヶ月かけてきょう完成。

金継ぎを始めたのは2022年9月。カゾクのガン治療にひとまず区切りがつき、自分の入院手術から2ヶ月経過して一息ついた頃だ。

近所に買い物に行き、雨あがりで涼しくなった帰り道が気分よく、川の遊歩道を歩いていた。

川のほとりの住宅の一階にある小さな骨董店を通りかかると、シャッターが開いている。

ちょっと寄ってみようかとガラス戸を開けようとすると、どうやら鍵がかかっているみたい。

Open のふだがかかっているのに。

いつも真っ黒なシャッターがピッタリと閉まり、開いているのを見たことがなかったので、がっかりしながらガラス越しに中をのぞいてみた。

後ろから「どうぞ、見てってください」と突然声がして、ビックリ。

ランチ用の食べ物が入っているらしいレジ袋を下げた店主が鍵を開けてくれ、中に入ってみた。とても小さなお店である。

土器のかけらや染付のすてきな器、ヨーロッパアンティークのカップやグラスが並べられている。

一通り見渡していると「金継ぎ教室もやっていますが、興味ありますか?」と店主。

金継ぎかぁ‥友人が長く金継ぎを習っていて羨ましかったので、一瞬「やりたい!」と思う。

でもカゾクの介護があるので、教室に通うのはなぁ‥と黙っていると「月に2回、金曜日ですよ。来られるときだけでも大丈夫」と。

いやいや無理無理と思っているのに、口が勝手に「来ます、やってみたいです」と言っていた。

それから月1回くらいのペースで、1年半ほど続けた。

全然進歩しなくて、何回やっても直線が引けず、先生に「ちょっと貸してみて」と言われ、先生は器をしっかりと支えるとすぐに、まっすぐで綺麗な線を引いた。

ヒビがグネグネしている器のときは、なぜかいい感じに線が引けた。

きっと私は心がねじくれているんだろうな、と内心苦笑しながら曲線を書いた。

カゾクが亡くなり、しばらく外房に住むため、教室は一旦やめた。

外房に来て2ヶ月経過した頃、欠けた土鍋を金継ぎしようと一念発起した。

パテで欠けを埋める。硬まるまで待つ。金ヤスリで余分なパテを削る。表面を80番の紙やすりでなめらかにする。新うるしの赤を塗り、少し待つ。金の粉を筆で蒔く。筆で余分な金粉を落とす。定着を待つ。磨く。

本うるしで継ぐ本格ではないので、1ヶ月以内に完成する。時短で気楽な金継ぎだ。

作業をしているときは、無心になれるのですごくいいのだが一からひとりで金継ぎをするのは初めてだったので、やっぱりな、というひどい出来である。

けれど、いやもう、黒地に金、ってどうしてこうステキなんだろう。

オラオラ系ジャージにゴールドチェーンも黒と金ですが‥なんか違う。

金継ぎだと黒い闇の中に上品な金が浮きあがり、Black & Gold 万歳 ! と言いたくなる

和の伝統って本当に凄い。

世界的に金の価格が高騰しているため、なるべく金の粉は使いたくなかったけれど、黒地の土鍋にはどう考えても金しかないので、ケチケチ蒔いた。

壊れたものや古いものに手をかけてあげて、使えるようにするのはとても楽しい。

ただ使えるだけではなく、欠けてしまったり捨てられそうなものが、元よりさらにパワーアップして美しくなり、すてきになるのがアップサイクルの醍醐味。

金継ぎはアップサイクルの王様かもしれない。

✳︎自己流での方法・個人の感想であり、やり方や価値観をお勧めするものではありません